幕間
広く晴れ渡った青空というのは、俺にとってイチゴのようなものだった。
ハイラルの地とゲルドの砂漠の間に横たわり分つ峡谷、高地は砂漠の夜よりうんと冷えこむからろくに行きもしなかったけれど、イチゴは寒いところにしか生えていないので。俺もガノンドルフ様も半人前ですらなかった頃(ゲルド族では30がひとつの成人の区切りとされ、半人前になるとヴァーイ達にはヴォーイハントの許可が降り町から出ていく習わしだ。)に、魔力が宿り、熱にうなされるガノンドロフ様がため日夜を惜しんでデーツやビリビリフルーツ、ヒンヤリメロンなどの果物を集め届ける最中雪冠を被る高地まで採りに行ったことを思い出す。少しでも苦が紛れればと思いつく限り届けたのだ。
つまり、労力を割けば見ることは出来るけれどわざわざ見る為だけに移動するのは面倒なものという事だ。
市では稀に見るもの。砂漠の空も、常は砂塵や強すぎる陽が浮かんでいるからここハイラルの空と比べれば薄く見えるしあまり気にしたことがなかったので、窓から覗く青空は俺にとってはすこし眩しかった。
朝起きたらまず着替える。謁見の折に着ていたものは少女の礼服であるため、衣装棚の奥に眠るばかり。ゲルドからの外交官という立場を与えられた俺には日当たりの良い一室が与えられ、その中には僅かな私物と支給された服…例えばトーガであったり、例えばハイラル様式の礼服、例えば…………はあ…ワンピースであったり。を収めていた。
予定確認を速やかに為済ませて各部族代表の会合を念入りに再確認。今日は交易の際の支援や禁止品目の確認などになるはずと石造りの床をぺたぺた歩く。ふた月が経ってもまだ足の裏の冷たさには慣れない。
毎日昼過ぎにはもう予定は殆ど終わっているのがとても奇妙だ。ガノンドロフ様が居なくて、そういう、自分だけの時間ができた時に何をするのかというのは考えたこともなかったから。
日がな一日ぼうっと待機していたのを見兼ねた補佐役に外に出てみるのはどうだと言われたので外の草地を駆けるようにしていたが、結局俺は、ガノンドロフ様の居る故郷にずっと心引かれていた。
ゲルド砂漠。
変わり映えのない砂地には見えにくい流砂がある。渦の下に落ちてしまえば上に戻るにも何をするにも労苦を要して、時折魔物もいるのだから尚更気を付けなければいけない。足をとられれば抜け出すのには難しい砂の流れや、砂煙と起伏に隠れるシビレリザルフォスだって居る。
ぽつ、ぽつと立つサボテンには瑞々しいビリビリフルーツが成って、ガノンドロフ様とスナザラシで遠乗りをした時にはヒンヤリメロンとどちらにするかをよく話していた。まだガノンドロフ様大好きノートが10冊も並んでいなかった時の事だ。
俺はヒンヤリメロンよりもビリビリフルーツの方が好きだった。濃い赤紫の皮を薄く削いだら真っ白い果肉に黒い種が埋まっている。それを適当に切り分けてかぶりつき、果汁で口元を汚しては少し呆れたように俺を見るガノンドロフ様も好きだった。ヒンヤリメロンよりもっと果汁があって、新しいものほど匂いが薄く、古いものは地下の水脈近くの洞窟のような匂いがする。食べると僅かな帯電性を得られるけれど、偶のハズレを引くと逆にビリビリ痺れてしまう。
よく、目付のコタケとコウメを撒いては目利きの真似事をしたのだ。その度に俺ばかりが怒られて。
砂漠は何もかもを平等に受け入れ幽谷の陰に隠す。飢え苦しむものには等しく死の安らぎを与え、渇望に苛まれるものにもまた等しく永遠の安息を与えた。俺のような異物でさえ砂の上においては等しくヒトだ。
柔らかな日射しの下、柔らかな草花を踏み越え走っていても俺の心はゲルドにあった。心象風景は色褪せることなく蜃気楼に揺れる景色とキャニオンの赤い壁、石を切り出した宮殿の像を頭の中に結ぶ。
西の酷暑地帯に1歩踏み入れた時のじゅう、と足裏が灼けてしまったような痛みはここにない。汗も出ないほど強い陽射しも、身体に張りつく砂もどこにもない。肺はふいごのように、熱く乾いた空気ではなく、植物の匂い混じりの冷たい空気を吸い込んで俺の身体を動かす。
ハイラル城を離れ、台地をしばらく走ると果てが見える。森を抜け端まで辿り着けば大陸の殆どが見渡せて、右手には火山とオルディンの山々が臨む。その足元に見える湿原を辿るとラネールの大水源があるそうで、ハイラル湿地帯を眺めると血脈のように張った河川が大陸を潤している。台地の足元から広がる大森林から視線をずらすと白く染ったヘブラ山が佇んでいて、ゲルドの方では高地とキャニオンが隣あって赤い背を向け何者をも拒んでいた。起伏を辿るように宙を撫でる。
漫然とした感覚がただずっと纏わりついている。
安穏として争いの起きることなく続く日に段々と感覚が鈍って、砂で磨かれたはずの刃はぬるま湯に錆びつきいつか使えなくなるのだろうか。柄にもないことを思う。
「はあ……」
「おや?あなたは…」
気付かなかった。そこまで腑抜けてしまったかと後ろを振り返ると、国母の親戚筋という娘がすぐ近くまで来ていた。
「これは、ゼルダ姫さま。このようにつまらないところまで一体何を?」
「散策をしていたところに人影が見えましたので、気になったのですよ。何を見ているのでしょうかと、」
「護衛も付けずに、ですか」
連れているのは侍従の女1人ばかりで、立場に見合わず随分と間の抜けた女だ。そんなのに後ろをとられた俺も俺で随分と惚けたかと自嘲が漏れる。魔物が現れることもなく平和な土地だからこそか。
「故郷を見ていました。ゲルドは分かりますかな?」
「はい。」
「私(わたくし)は彼の地で生まれました。今は遠い懐かしさにあと引かれて思い馳せていたばかりです」
斜向かいからの怪訝な視線が突き刺さる。不審に思うのもまあ理解できた。この、白い肌にのっぺりとした顔立ちはゲルド族よりもハイラル人に見られる特徴だ。
ゼルダはぼんやり、何を考えているのだか分からない微笑みを浮かべ遠くを見て…おもむろに呟いた。
「私も、同じです」
「ハ、…」
「ゼルダ様!?」
微笑みを湛えたままほろり、と涙が頬を伝った。遠き異国の姫であったと聞いたことはあるが、郷愁にでも駆られたのか。突然の涙にまごつく侍従がどうにも哀れに映り、気付けば先を促していた。
「ハイラルはとてもいい国です。温かで、光に溢れ…生命と活気に満ちている。民たちの笑顔も晴れやかなもので…」
女は故国が恋しいと零す。災禍から立ち上がり、復興しているさなかにあるそうだ。
「帰りはしないのでしょうか」
「今は帰れないのです。戻らなければいけないのですが、遠いとおい彼方にあるから。」
「それは頑張らなければ」
「…!……はい、共に頑張りましょう」
「あ?」
なんだコイツ。率直に言ってそう思った。二転三転、泣いたかと思えば今度は笑う。かと思ったら何かを決心したように人の手を握りこみ勢いづく。
しかし、見れば見るほどその顔は俺とよく似ていた。
顔布を付けているようガノンドロフ様に言われていたからおそらくゼルダとその侍従には顔のつくりがそっくりであることはバレていない。俺のものより濃い黄金色と翡翠、長耳こそあれどそれ以外は全く同じ。使える。
―――これは、けして隠さなければ。
きっとガノンドロフ様の為になる。
俺の目に浮かんだ野心がバレていないといい。ゆるく下瞼を持ち上げて、「そうですね」と言えばゼルダははっとしたように俺の顔を見た。そんなに見ないでほしい。
「すみません、あなたは…?」
「私はゲルドより参りました。今はハイラルとの折衝に置かれています。」
「なんとお呼びすればよろしいのですか」
「ハア、…………」
困った。大変に面倒くさい。
だいたい、名前だって俺はガノンドロフ様に預けているわけだ。だから名乗るものなど無いし、そもそも必要性だってこれまでにはなかった。
「『ゲルドの』とでも呼べば応えますが」
「それは名前ではないでしょう」
「ハハ、…」
適当に濁せば手を伸ばして俺の手を握ろうとする。当然避ければ、ゼルダは不思議そうにゆっくり瞬いた。
奇妙な余白にゴォン―と余韻を響かせ、晩鐘が満ちる。
「あなた、時間はありますか?」
「ゼルダ姫さまを護衛して帰るぐらいなら」
「明日は」
「ゼルダ様、いったい何を…」
「この方を連れ歩こうかと思いまして。なんだか、他人のように思えないのです」
「………………………………。……………左様で。昼二つの鐘が鳴るぐらいから空いています」
「わかりました。では、昼の三つよりお願いします」
「は。このまま城まで送って進ぜましょう」
この日から俺の停滞の日々、進まないページに、ひとつ明確な目的が加わった。
――ゼルダを通じて情報を得る。
俺がここから、ガノンドロフ様に唯一できる事だ。なら、やるしかない。ゾナウにだって頭を垂れようか。なんだってしてみせよう、きっと最後にガノンドロフ様が勝つのだから。
*
打ち上げられることのなかった14基目
砂漠の■
我 ゼ■■様トノ■策ノ折 人影ヲ■ユ
近■カバ 砂■ノ民ト名■■ 然シテソノ■目
■原ガ民ト似通■
■漠ノ■ 故■ガ懐■シヤト零サレ■
ゼルダ■ 其ニ郷愁■念ヲ強■■ワ■ 涙零■■リ
砂漠ノ■ト■■■様 暫シ■ ■気投■■バ
■誼■ワ■■■
■ ■■■■■■■
【解説】
散歩をしていたら思いもよらない出会いをしたゼルダと侍従。ゲルド族の彼女の言葉で故国が恋しくなったゼルダは涙するが…?
(地底に砕けて転がっていた石碑の一部。瘴気が纏わりついていて不明瞭な部分が多い)
*
拝啓、ガノンドロフ様。ご壮健であらせられますでしょうか。
ガノンドロフ様がハイラルまで足を運ばれた時ラウルの傍に控えていた娘を憶えておりますか?俺によく似た顔の方です。俺は最近になって顔がよく似ていることに気付きましたが、きっとガノンドロフ様は見越して顔布を外さぬよう言われたのでしょう。
さて、俺はこの頃そのゼルダによく連れ回されるようになりました。たぶんラウルやソニアと近いだろうから努めて役に立てるような情報を得ます。
ここからわざわざゲルドまで荷物を運ぶのは易くない。ましてやたかが紙きれ、途中で紛失されてもおかしくはない。俺の立場から検閲もされるだろうからそもそも書いてなんていないし、ガノンドロフ様に向けたエア手紙なんてなかった。全部妄想の産物です。いいね?
ハイラルに来てからの生活というのは、ゲルドに居た頃よりも遥かに怠惰で緩慢だった。
朝早くに鍛錬、執務や会議も終われば昼二つの時刻。ここでは、時の神殿が響かせる鐘とその隣に立つ告時塔で時間を測っているようで、確かに脈の数で数えても音の間隔は殆ど同じだった。
時の神殿は朝と夕刻の2度、告時塔の鐘は6度鳴る。中天を境に朝4つ、昼4つと区切りをされて、ゴーン、ゴォンと正しく鳴る。
必要以上に鍛えようとすると身体の方から壊れる。だから無為に素振り3000回や夕刻の鐘が鳴るまで走り込みなんて余分に鍛錬せず、朝2つまで済ませていた。つまりとても時間を持て余しているのは間違いない。時たま起きる諍いや価値観の擦り合わせに向かうぐらいの変わり映えのない暮らしなんて誰でも早々に慣れる。けれどそれよりも耐え難いことがあった。
なんせ手合わせする機会がない!砂漠での暮らしは日の出から夜更けまでガノンドロフ様に付き従うばかりだったけど、空いた時間を見つけては狩りや組手をしていた。
しかしここではできない理由がある。
ハイラルは個々人の武より軍の統率に重きを置いた訓練をしているようで、そして俺は今は離されているがゲルドの頭目…ガノンドロフ様の側近だ。
ゲルドにおいての価値観はまず武、次に色、そして為人である。俺がガノンドロフ様の側近になったのは傍仕えからそのまま繰り上がったわけじゃない。
俺が、ガノンドロフ様の次に強かったからだ。
武に長けていればそれはそのまま序列に顕れる。たとえ、ガノンドロフ様に十数年勝てていなかったとしてもそれ以外では敵無しで、同世代どころか砂漠に散らばるゲルド族全体で見ても上澄みの方だと思う。
その上、ガノンドロフ様は武芸百般に習熟している。たとえば、弓。的のぴったり中心を貫く矢がもう一矢放たれれば篦まで裂ける。剛力のみではならず、正確な狙いを以てしても難しいのになんて事ないように命中させる。剣を持てば踏み込みは疾く深く、槍を金棒を持っても一撃が重く…とても強い。体術ももちろんのこと、これは!と突き出した槍を容易く躱して出来た隙に苛烈に攻め入る勘。天賦の才。頭部への狙い撃ちも躱すのではなく矢を掴みとる程で、到底俺が辿り着けないような領域にガノンドロフ様は居る。
護衛やら側仕えやらが必要無いほどに強いガノンドロフ様に、俺は、身の程知らずにも一時期思い悩んだ事があった。彼の方に及ばずとも武芸を修めて何になるのか…?と焦り募って、当時何を思ったか曲芸の真似事を会得した。逆立ちになって脚だけで遠くのものを弓で射たり、2本3本の矢を同時につがえて命中させたりだとか。ああ、ガノンドロフ様の腕に下がって上下前後逆さまに射ったこともある。身の丈が俺とガノンドロフ様とでは倍ほども違ったからできた事だと思う。どれも初めて披露した時にはくつくつ笑っていたからまだよかったか?
いまは、ガノンドロフ様が強くあるならそれに届かずとも研鑽し続けることは大切だと信じている。剣も槍も大剣もナイフも、一番得意なのは弓だけれど、どれも食い下がれるほどに強くなった。
ハイラルに来てから一度だけ、どんな雰囲気かと見に行った駐屯地にちょうど非番の近衛が居たから試しに闘ってみた事がある。ハイラルの兵はゲルドの兵と違ってまず数が多い。陣列を組んで連携をとり多対一で相手取るのはゲルドでも同じだが、兵の頭数がある分単純ながらもより効果的。そこそこの練度があればいいからそう厳しく訓練もされていないようだった。近衛兵はというとハイラルでは一対多に訓練の比重を置いているようで、俺は闘うことそれよりも相手に大怪我をさせないよう立ち回る方に苦労した。
本末転倒だ。強くなるために闘いたいのに、強くするために手加減をするのはてんで違うから結局1人で鍛錬を積む方がよろしい。
そんな訳で組手も手合わせもここでは出来ず、おまけに邪も祓われ魔物は弱く少ないから狩りをする事も叶わないものだから俺は一体ここで何ができるのだろうか…と意欲も勘も錆びつきはじめていた。が、
日が真上に登ってから数えて三度目の鐘が鳴る。
今日はラウルの姉、ゾナウ族のミネルのもとへ訪れるとゼルダは言って歩きだす。先日以来、俺は本当にほとんど毎日連れ回されていた。
ひたひたスタスタとゼルダ、侍従、俺の3人で進むうちに廊下に見慣れないものが混じりはじめる。石で出来た鳥の置物が…床に落ちて…
「この像は一体」
「フクロウです。ミネル様が参考にと持ってこられたのでしょうけど…如何せんあの方は部屋をそのままにしがちでして、」
「ああ…。何の参考に?」
「ゴーレムでしたか。…ええ、確か特別なゴーレムを作ろうと研究に没頭されているんです。」
寝食も惜しんでおられますと。侍従は以前にもミネルのもとを訪れたことがあるらしく、困ったように微笑んだ。
「ミネル様やラウル様、ゾナウ族を初めとして今は広く女神信仰が主流なのですが、トライフォース信仰もかつてはあったと聞きます。」
「トライフォース…ですか?」
「それがこれらの造形に関係があると」
「はい、おそらく。知恵、勇気、力の三位一体を基にしたものだと思うのですが…ミネル様は知恵の象徴ともあるフクロウを好んでいらっしゃいます。」
「ヘエ…」
ゼルダの言葉に曖昧に頷いている内、床に落ちているもの(置物、ゴーレムの部品、本、そのほか…)は段々増えてきていたので薄々分かってはいたがどうやらミネルのもとに着いたらしい。さぞ乱雑な部屋なのかと思えばずっと整然に片付いていた。時間そのものが留められているような人気のない部屋だ。
壁一面が書架と本で溢れ、窓のひとつもない、生きていない室内を灯りが俄に照らす。私室と言うにはあまりに公的で、しかし移動の邪魔にならないぐらいには本が積まれたままだった。今も執事ゴーレムが背を曲げて積まれた本を元の場所へ運んでいる。城内で見るのは大抵が彼のような執事ゴーレムで、平らな頭を垂直に揺らすことが彼らの挨拶だった。
「ミネル様。ゼルダ様方が来られました」
…
「研究に集中されておいでです。近くへ行けば気付くと思いますので、どうぞ奥へ。私は本の整理に戻ります」
「ありがとうございます」
ええ…。
いつもの事なのかゼルダも侍従も驚く様子なく、階段を登っていく。この部屋は、いつも薄暗く閉ざされているようだからこれじゃあ昼も夜も分からないだろう。
ミネルはカンバスを立てて何やら描いているようで、椅子をくるりと回転し振り返った姿は絵の具で少し汚れていた。
「ゼルダですか。後ろのは?見慣れない姿ですが…」
「彼女は護衛です。砂漠の民で…武に通じています」
「そう…。本の場所などは執事ゴーレムに聞きなさい。」
ゼルダ達は向こうの書架へ向かって、俺はというと「気になる本があったら読んでもいいそうです」と言われて放置されている。ミネルは何やら兵隊ゴーレムをカンバスに描いていた。机の上にはゾナニウムやゾナウギアが所狭しと詰んである。何かの設計図…侍従の言っていた特別なゴーレム?も窺えたが、近付いて見てはいない。
階段に座り、脇の適当に積まれている本から1冊抜き出せばちょうど故郷のものだった。10年ほど前に流行したレシピ本で、すこし日焼けしてはいるが保存状態は良い。寄贈されたものなのか、付箋や少しの折り目が付いていた。
「執事ゴーレム。これは何処にあった」
「『タミラによるヴォーイの胃袋鷲掴みレシピ帳』ですとあちらの書架の上から2つ目右から35冊目の赤と紺色の…」
「分かったあそこの上から2段目右から数えて36冊目だな」
「はい。ご協力に感謝します」
頭を上下に揺らして執事ゴーレムも本を戻す。ついでに他の本もあるべき場所に差し込んでいれば時間はすぐ過ぎて、やがて昼4つの鐘が鳴った。
「それではミネル様、こちら夕餉のビリヤニを置いておきますので召し上がってくださいね」
「なるべくは」
侍従に強く念押しされて神妙に頷くミネルは、去り際に俺を呼びとめては何か言いたそうにジッと見つめる。察してもらうことに甘んじていいのはガノンドロフ様だけなんだが?でもガノンドロフ様は迂遠な言い回しなどせず端的に命令をして下さるから俺の方で勝手に慮る必要もないんだよなあ!
真正面から見てようやく気付く。ミネルもラウルと同じように秘石の持ち主だ。胸元に青紫の石を据えていた。
「ゲルドの。其方書は好みますか」
「?…ハア、並には。」
「また来なさい、ノックすれば執事ゴーレムが開けてくれますから。本を片付けるついでにめくる程度ならば許します」
「………、…………。……お目に叶いましたようで、ありがたく思います」
意外に親しみのある方でしょうとゼルダは笑った。確かに、アナグマのようだと思う。俺はただ、「そうですね」と目を伏せた。
もう暫くが過ぎれば、俺は砂漠へと一時帰還が叶う。書物を読める喜びに非ず、ガノンドロフ様にお目通り叶う喜びで俺の心はいたく軽くなった。