ガノンドロフ様大好き日記vol.67-71
「度重なる招聘に遅参いたしましたること、我らゲルド一族…心よりお詫び申し上げる次第にございます。」
時の神殿にて。ガノンドロフ様は俺の他に僅か数名だけの精鋭を連れハイラル王国へ訪れていた。人員を物資のほうに割いているのもあるけれど、そもそもがハイラル王国のもとへ帰順する意を示すため。ガノンドロフ様が膝をつく姿も、ガノンドロフ様以外に頭を垂れるのもとても嫌だけどわざわざ争いの種を作るほど愚昧でもないので俺もガノンドロフ様に倣っている(という事にしないと俺が耐えられない!)。
拒否できる(意訳)とも言われたけど、俺にはガノンドロフ様のどんな姿も目に焼き付ける責務があるし、ガノンドロフ様に関することではいとイエスと勿論以外の答えを出すことは稀だったものだからこうして『王の側近』らしく着飾られラウルに膝をつくことになった。
側近らしく着飾るとなっても俺が普段よく着るヴォーイのものはまず無く(特注な上に男子禁制の街なので当たり前である)、ガノンドロフ様のサイズの服など以ての外。となると自然ヴァーイの服しかなく、しかしそこらのヴァーイよりもふた回りは小さい俺の体躯に合うものは防御力皆無の薄い布。いったい何から何を守れているのだか分からない布の集まりで身を包むことになってしまった。
結果、ガノンドロフ様と俺以外の数名はしっかりした礼服を着ているのにも関わらず、俺はまるで少女が着るような…要するに、まったく場にそぐわない・とても浮いている・なんらかの恥辱とも思える白く柔らかな祭服を着ているのである。本当は俺も礼服は持っていたけど、すこし前に損じてしまい繕ってもらっているからある意味では自業自得でもあった。そして…
「願わくば、我らを幕下の端にお加え下さいますようお願い申し上げます。」
2つ並んだ座に坐すのは国王ラウルと王妃ソニア、それからラウルを挟んで王妃の反対側にもう1人立っている。
俺とそっくりな――おまけに格好も似通っている――ヴァーイ…女だ。おそらくは、モルドラジークが撃退された時にラウルを助けていたもう1人の――。
「殊勝なりガノンドロフ、其方らがハイラル王国に帰順することを認めよう。ゲルド一族で100年に1度しか生まれぬといわれる男子…『生まれながらの王』と呼ばれる益荒男を我がハイラルに迎え入れられるは、誠に頼もしき仕儀である」
「光栄にございます。」
ラウルの聞きしに勝る驕傲たるや、異郷であれば尚のことと引き締め臨んだ気勢も白むほど。俺たちは未だ下を向いているためその表情を窺い知ることはできないが、どうせ澄ませて見下ろしているだろう。
俺はたぶん、ガノンドロフ様が考える以上にラウルのことが嫌いになっていた。
嫌いというよりは気に食わない。言動もそうだし、外見もそう。鳥獣や蜥蜴、ヒトにも寄らぬ中途半端、凹凸のさしてない体躯や作り物めいた青の瞳もぜんぶ!なにが殊勝なりだ、なにが認めようだと。けれど、ガノンドロフ様のことを益荒男と称したことには賛同を示そう。ガノンドロフ様が素晴らしいことは事実であるから。
ラウルの人と獣のなり損ないのような姿はゾナウ族に固有のものであり、一見装飾のように見える額の瞳も同上。王国へモルドラジークをけしかけた時にぎょろぎょろと開く眼を確かに見た。もちろんおくびにも出さないけど、俺はラウルの事がただ嫌いだ。
けれど、同時に嫌いを越して厭わしくすら思えているのが不思議だった。
その理由を自分の中で並べてもピタリ納得することは無く、ガノンドロフ様にとって邪魔であるからかと考えても不思議としっくりこなかった。自分のものでは無い感情が自分の中にある。自分の意思と感情を越して。勝手に走り出すのはすこし奇妙だった。
「――ゾナウ族がその昔天から降臨された際は、まさに、神のようであったとか…。その末裔であらせられる陛下が、いまはハイラルの一族の娘を娶り、部族を越えて世をおさめておられる処世たるや。お見事…」
ピリ、と空気が張って、頭の上…玉座の方からは微かにチャリと装飾の擦れる音が聞こえた。埃ひとつでさえも落ちることの許されない緊張がじわりと滲む。
「しかし、かくも高潔なゾナウ族があとは陛下と姉君を残して滅びゆくのみとは…。誠に残念で御座いますな。」
「たとえ私が滅びようと、この安寧、崩させはせぬ。我らの国は、これから永く続く。」
「……此度はご苦労であった。期待しておるぞガノンドロフ、下がるがよい」
「は。…」
謁見を終え、ではゲルドに戻りましょうか、と訊けば俺はここに置いていくと言う。何でですかガノンドロフ様!と叫ぶことは耐えられたけれど本当は分かっている。ゲルドとハイラルとの仲を(たとえ建前上だとしても)良好に結ぶには俺がここに駐在した方が事が円滑に進むのだ。
でもすごく嫌だ!とても嫌ですガノンドロフ様!いえ、ハイ。役割と肩書きに見合う振る舞い立ち回りをしろというのは分かっております。
「…でも、」
「口答えは要らぬ。駒は駒らしく働け」
「はい…。」
ゲルドに帰ってからはコタケとコウメ(ガノンドロフ様と俺の元お目付役だ)が俺の業務を引き継いでくれるだろうが、…あっ!
「タケ、耳を貸せ」
「何でしょう」
「諸々終わったら俺の部屋にあるノートを燃やせ。業務に関するものは全て机上に置いてあるからそれ以外のもの全てだ」
「は…。宜しいので?」
「好い。そしてそれはガノンドロフ様に見られることの無いよう頼む」
「…あの奇妙なノートか」
「はいい!?!?!?ガッ、ギャガガガガノンドロフ様はご存知でいらしたと!????」
「あの、『ガノンドロフ様大好きノート』と大きく書かれたものだろう。」
「(絶句)」
俺は死んだ。足はもちろんぎこちなくも動き歩いているけれど、頭から被った布の下では硬い冷や汗が風を受けて背中全面を冷やしていた。深く息を吸って、吸って、吸って…
「………お、読み、に…なられた、ので…?」
顔に血が上る。恥かしい、大変に、大変だ。頭の中ではとても大変だった。どれほどかというと、いくつものモスギブドがバレエを踊っているくらいに、とんでもなかった。なんなら流れ星の欠片も一緒になって宙をちかちか舞っている。コンラン花は染料に使われていないはず…と混乱する自分、そんなわけないだろとすっかり分かった顔した自分。
はたしてガノンドロフ様から帰ってきた返答は是であり否。確かに、幾冊もあるノートを全て読み返されるほど気を抜いた覚えもないので。ガノンドロフ様は件のノートの内ひとつ、27冊目をぱら、と流し見しただけだと。
(あっっっぶな………一冊二冊ズレていたら致命傷だった。いや今も大分クリティカルヒット!)
『ガノンドロフ様大好きノート』のvol.27…ちょうど27冊目だけは(ああ今日もガノンドロフ様素敵だなあ)(そうだ、ガノンドロフ様の叙事詩を綴ろう)と書いた覚えがあるので、この記憶が合っているなら比較的マシな内容であった。一命はとりとめた。それでも大分恥かしく思える。今書いている『ガノンドロフ様大好きノート』の67冊目で打ち止めにしようと決意する。
「そこまでか」
焦りからかつい早足になって捲れた顔布の下をガノンドロフ様は見ていたようで、すっかり血が上った俺の顔も見られたらしかった。見るに耐えない醜態を晒してしまったことはもう、どうしようもない。息を吸って、吐いて。吸って、たっぷり呼吸をしてようやく、表情だけでも取り繕うことは出来た。心臓はやたらめったらに跳ね回っているけど、でも、お別れなのだから。
「ガノンドロフ様。ノートの件はともかく。ノートの件は放っておいて、俺は異郷にて務めを果させて戴きます。
――熱き風が御身に死を運ぶよう、祈っております。」
「砂塵は死臭を覆う。ゆえ、蜃気楼と見紛うかもしれぬな」
「~~…!ありがたき幸せにて、ございます。俺、がんばります。」
感極まってひし、と抱きついてしまったが許されたようで。まあ邪魔にならないようすぐに離れこそしたもののガノンドロフ様はフ、と目を細めていた。だからたぶん大丈夫。姿が遠くに見えなくなってからももう俺は今生の別れだとばかりにだばだば泣いていたけど、何れ戻って来いと言ってくださったからこの地ハイラルで駒の働きを精一杯に頑張ろうと思う。
ガノンドロフ様大好きノートは70冊に到達した。ハイラルの紙は白く滑って描きなれなかったけれど、ずっと細かく書けた。