成り上がり過渡期



「あれは?」
「『スナック広美』…スナックっていうのが、酒…嗜好品を嗜みながら綺麗な女の人と話したりするとこみたいな感じ」
「『酒』は食べれるのか」
「お酒は飲み物だけどね、おれらはミセイネンだからダメだよ。それに…」
「それに?」

 どうやら話すのに問題はさほどないけど、読むのと書くのが苦手だそうだ。まあ仕方ないね。そんな訳で、分からないと指をさしたものの名前をおれが読み上げておおまかにその役割を(おれが知っている限りで)話す。そうして憶える。
 今日は運良くデモ隊のセーフハウスを見つけることができたので早々に休むことの出来る日だ。ゲームでもあるまいし、時間経過はあるし、おれ達の体力にも限りはある。一緒に行動をするようになって大体ひと月が経ったけど、少年もおれの事を割と信用してくれているようで昼前になると「今日はどこに行くんだ」とフヨっと来てくれる。
 これまでおれ一人だと、廃墟を漁ったり…ボランティアの炊き出し(もちろん『異能』持ちは出入り禁止だ)だとか、留守にしてる拠点に盗みに入ったりエトセトラ…しょっぱい成果でそこそこ危険だったりするハイリスク・ハイリターンなクソガチャを毎日回していたんだが、1人増えるだけでだいぶ違う。

「いや、やっぱなんでもないわ。」

 人手、マンパワーは正義だ。背後からの不意打ちだって失くなるし、こうして沢山の『成果』を持ち運ぶことが出来る。血で汚れてしまったのはちょっといただけないが無いよりマシだ。
 もちろん狙う相手は(おれが)ある程度絞ってから行っているけれど…こんな世の中じゃあ道理を通すには力が要る。世知辛いもんですねえ!



 おれと少年が知り合って1年が経った。
 おれのことをいやに買ってくれているようで、おれがあれこれ調べて2人でカチコミといった様相だ。文字もツラツラ読めるし、もうすっかりおれが読まないような(退屈な)本までずうっと読んでいる。飽きねえのかな。
「飽きない。意外と興味深い」
「え?、おれそういうの興味ない。」
 積まれた本の上から適当に投げ渡されたそのタイトルは『戦争と抑圧、性の解放』。パラパラ捲れば小さい文字におカタい文章で人間の性だの、暴力性だの、指向性だのうんぬんかんぬん。第一次、いやたぶん第二次に重きをおいて大日本帝国バンザイだのに触れたつるつる目が滑る文章が並んでいて、脚注も山ほどあったから1ページ適当に目を通しただけで疲れてしまった。
「これマジで飽きないの?おれちょっと読んだだけで疲れちゃったよ」
「まあ…ちょっと読みにくかったが、僕は別に。おまえが幼稚なだけじゃないのか」
「ひと言多いなクソガキ」
 教育間違えたかな…いやおれは別にこいつの親でもなんでもないんだが。おれの口が悪いからなのか、それともよくない本を読んでいるからなのかこいつもちょっと行儀が悪くなった。まあ十中八九本の悪影響だろう!  それらの本の出処はよく知らない。一緒に行動するようになって、文字も随分読めるようになったぐらいに「この文字はなんて読む」って差し出されたのがおれも読めなかったもので、漢字辞典とにらめっこして探して…辞典の引き方を教えてからは何も言われなくなったけどいつの間にか本をよく読むようになっていた。
 こいつが成長する一方でおれはと言えば、まあホームレス生活をウン年続けてたんだ。今更特に変わるわけもなく…嘘だ。こいつとほぼ相棒のようなものになっているから、すっかりおれもブラックリスト入りの村八分である。
 こういうのをグンセーセーメータイ…群生生命体の原則とあった。さっき渡されてすぐ諦めた本にチラッと。

「はぁーあ。世知辛いなあ」

 まあ、おれはこいつよりは大人なんだから面倒は見れるとこまで見てやるけどさ。




 2年が経った。どうやら、弟がいるらしい。


 3年が経った。おれのラジオ(2代目)を弟くんにやった。

 4年が経った。身長を越された、くやしい

 5年が経った。こいつは随分表情が巧くなった

 6年が経った。

 7年が経った。

 8年が――



 よく、笑うようになった。おれは25歳になって、あいつはオール・フォー・ワンだなんて云われて嗤い――


「あのう、AFO…この方は?」
「従僕だ。適当に見繕ってくれ」

 だれが都合のいい召使いじゃコラ。は??おれお前より歳上なんだが??と無言の訴えを気にもせず、広い背中の向こうからは鼻歌が微かに聴こえてくる。
 チラッとカーテンが揺れた。手招き。おい呼ばれてるぞ…あ、おれ?分かりました。
 そこはかとなく幸薄そうな黒縁メガネのテイラーさんは手際よく採寸をする。むしろこれちゃんと出来ているのか?とも思うほどなめらかにメジャーを滑らせてあっさり終わったら次はカウンセリング…だが。

「僕の時と同じように仕立ててくれ。…ああ、内ポケットは深めで。」
「…でしたら…このような形は如何でしょうか。より彼の体型にフィットしているかと」
「うん。いいね、…ウォーカー」
「うん?」
 おれの意思に関わらずトントン拍子に決まっていくけど突然呼ばれる。
「何だ、布?」
「おまえのスーツの生地。いくらか選べ」

 言われた通りに適当に(と言っても似たり寄ったりで全く違いが分からないまま)選べば、おれはもう用無しだとばかりに2人でまたよく分からない話をしている。おれに振られたってノッチドラペル、ピークドラペルとかウエストの絞りとかよく分からないから別にいいんだけどね。カラーって何、色?
 おれが携帯端末を弄っている間にあらかた纏まったのか、テイラーさんと固く握手をしておれの首根っこを奴は引っ張った。あ、手振ってら。さよなら?とおれも手を振る。
 ぐえ?、締まる締まる首が締まる。ちょっと苦しいんですけど、足引きずってるし!君おれとの身長差わかってる!?あーー…

 案の定酸欠だ、そこで意識もブラックアウト。



「ほんとう酷いと思わないか弟くん?」
「………」
「君のお兄さんの話だぜ」

 オール・フォー・ワンの異能によっていつしかシンパが生まれて、それが波及し…今ではおれ達も立派な拠点持ちになった。
 内装はほとんど任せているが、なんだか仰々しい装飾や調度品があるから一体何を目指してるんだ?って聞いたら魔王城だと。カルト宗教とかにありがちのでかいホールと玉座(?)もしっかりある。マジで目指してるのかな…
 そして中枢部、奥の方にある分厚い鉄の扉。銀行とかでよく見るような…まあ有り体に言えば金庫。そこの中に今おれは居る。もちろん一人じゃないし、そもそもこの部屋(と言っていいのか?)は弟くん…曰く、与一だと聞かされてるけど反抗期の弟くんの部屋がここである。
 扉はゾル○ィック家の扉かと思うぐらい重いからおれとかぐらい力がないと開けれない。まあ見たとこ彼には筋力も武器も何もないみたいだし軟禁みたいな感じか?
 この金庫部屋、おそろしいことにおれが初めて入った時には防空壕?と思うくらいなにもなかったのだ。無機質な漆喰で四方が塗り固められた息の詰まる部屋。換気は辛うじてあったけど、コンクリの床は厚く熱が伝わりにくいため酷くつめたい。窓ひとつない独房未満とも言える壊滅的センスにコラ?!
 これでもかって位人の事を考えてない内装に怒りのあまりコブラツイストをかけてしまいました?!さすがに可哀想すぎるだろ…とドン引きして嵌め殺しの窓と寝所は用意させたが、さすがに人の心が…。転生してからの激動の時代を生き残ったのもあって、中々に倫理観が終わってきているおれでも感じるナンセンスには驚いた…。
 マ、そんなこんなでヤツの弟くんとも面識はあるんだけど…最近は殊更忙しいしで代わりにおれが暫く面倒みることになったんだ。てか寒くないの?上着いる?大丈夫?今気温18度だよ?

「うん…兄さんは確かに強引なとこがあるけど、話せばきっと分かってくれるはずなんだよ…」
「それあいつも同じようなこと言ってたぜ?」
「え゙」

 長袖で耐えるにはいささかキツいだろう秋の気温に閉ざされていた与一の口が解けはじめる。と思えば似たようなことを言うんだから思わず笑っちまった。手をとって摩れば指先までつめたくかたくなっているのでさすがに空調か何か…置こうにも…コンセントすらない。あいつはある程度おれに裁量を任せてくれてるので気になるところは変えたりをしているが、ううん。…

「これからもっと寒くなるだろ。毛布頼んどくわ。分厚いやつ」
「おお…」
「あと上着…」
「なら、おまえがそのまま与一にやればいいじゃないか。見たところ丈は充分だろ?」
「えーまあいいけどさぁ」
「…兄さん」

 おれと横並びに座ってた与一を挟むようにして現れたAFO…やっぱり厨二病か?呼ぶのに躊躇いを覚えるが…穴の空いた大きな手のひらがおれ達の手を包む。
「つめた!揃って冷え性か?」
「最近は随分風が冷たくなった…」

 おれと弟くんは大体同じくらいの身長なんだけど、こいつはもっと縦にも横にもデカくなったので相対的におれ達が小さく見えるのは本当に解せない。
 それから、こうして拠点を新たに構えるまで弟くんのことは話を伝え聞くばかりだったんだ。「無茶ばかり言う」「身体が弱くて…」「僕に似て意地っ張りなんだよ」たまに零した断片的な人物像からてっきり嫌味な奴かなぁって思ってたのは杞憂で、しかもよく考えてみたらおれ達がしていることは常識的に考えたら「悪いこと」なんだから…あいつからの評を聞けば駄々っ子みたいに思えるのはまあ仕方ないだろ。
 二人分…いや三人分に満たないぐらいの重さがおれにのしかかる。重い。でもここでおれが抜けたら弟くんが潰れるんだよな…。

「あのさあ、弟くんとおまえって何歳差ぐらい?おれ26。」
「僕たち…ウォーカーさんみたいに細かい年齢は分からないんだけど、大体20歳ぐらいだとは決めたんだ」
「決めた。…あー小さい頃に親亡くした?」
「母親らしきモノは微かに記憶にあるが、僕はおまえと出会うまではこれと二人きりだったよ。」
「だから兄さんと話して日にちを決めたんだ。その、本に…憧れて」
「へぇ……?あ、君ら双子?」


 双子らしい。いやおれより歳下なのは分かるし弟くんも平均よりはあると思うのに、お兄さんがデカく育ったせいで全然そうは見えない。5歳差はあってもおかしくないように見える。

「見えねえ?…主にデカブツのせいで全然見えない」
「…もういいだろ、行くぞウォーカー。」
「えっちょっあ??またね!弟くん!風邪ひかないように!」


 そうして静かに金庫室の扉は閉じて、閑静な廊下には2つ足音が響いていた。