這い上がり転生記
――転生したら、そこそこ裕福なお家でした。ごめん嘘、少なくとも前世の頃よりはいい生活してる気がするんじゃないか?
おれが記憶を思い出したのは物心ついたころだ。つまり、異世界転生とかによくあるような授乳イベントやら排泄やらエトセトラ…その他成熟した精神には甚だ耐えがたい羞恥体験とは疎遠になったぐらい。
ビバ・転生!な○うでよくある言語が通じない?常識が?価値観が?…そういった問題も全然なかった。この身体の持ち主の中から見る限り日本だろうことは伺えて、強いて言うならば2000年代前後かな?生きていたころ(・・・)の1歩手前なぐらいに産まれ、未来を知っていて、あれ、これもしかしておれってば勝ち組なんじゃない!?
それに加えママ上は美人!パパ上もハンサム寄りの美形でラブラブのどこからどう見ても100点満点超して加点の家庭(激ウマギャグ)な勝ち組人生を手にしたと確信していた!キタコレ!上がりですわ?!
「と、錯覚していたのは遠い過去の話。今では若干14歳にして野ざらしホームレスな訳ですよ…トホホ…」
おれのとても悲惨な背景を、ふうんと分かってるだか分かってないんだかさっぱり伺えない澄ました様子であっさり聞き流した目の前の少年はぼろぼろなシャツの裾を引っ張ったりしてるんだった。ちなみにそのシャツはおれの大事な一張羅です。
異能だかなんだか知らないが、とんだマッポーな世の中になったもんだ。
街並みのガラスはぐしゃぐしゃに割れて、建物は歪んでいないもの自体の
方がまず見つからない。人は見かけるものの穏便な…いわゆる普通の人たちはシェルターや集団・団体等に身を寄せているので、不用意に歩き回るような奴らはしっかり武装していたり徒党を組んでいるし…誰が『異能』を持ってるんだか見た目で判別付きにくいものだから、おれみたいな逸れ者は日が沈んでから動き出す。
都市部ですら、いや都市部だからこそ荒廃は目立ち日に数度はどこかから悲鳴や破壊音は聞こえてくるし、ささやかな横の繋がりから得た情報をもとにもう誰もいなくなった百貨店や服屋、そのほか色々から少しずつ拝借しておれはねぐらを作り上げ拠点としていた。
「見ててよかった、D○SH村…!!」
ホームレス生活をしてるのにも訳があって、捨てられたからだ。両親は蒸発した。
今からざっくり数年前、おれがプリティな頃…なんか知らんが『異能』って名付けられたウイルス?みたいなのが世界中で蔓延した。ここでおれは混乱した。(あれ?そんなことあったっけ?)
まあガキに何ができるわけでもなし、その『異能』ってのは文字通り超常的な…人体発火現象とか、電気を発したり、異形の形質を得たり…まあ色んなのがあった。産まれたばかりの赤児…先天的なだけではなく厨二病真っ盛りの思春期などにも後天的に顕れたものだから、パニックになった両親に見事!おれは捨てられたって訳だ。
もちろん最初はかなしかった。ほんの2.3年とはいえ、面倒をみて愛情を注いでくれたんだから…それらは、自分にとっては見知らぬ他人でしかなかったけど愛着が生まれるのは当然。
でも、それだけだ。それ以上におれは怒って哀しんでいた。
捨てられたのを期にとある少年の幼年期は終幕を迎え、それでおれにキャストチェンジしたんだ。本当は一生涯見ているだけだった少年は自分になってしまったのだから、虚しさと、おまけに彼の哀しみも抱えておれは路地裏へと消えたのだった…完。
目の前のこの…漂白されたみたいに色の失い少年も多分『異能』を持ってるんだろうなあ。そうでないと(見たところ)10歳ぐらいのこどもが単独で出回るには辛い時勢なのだから。
「やり難くねえの?」
少年が今被っているシャツは、もとはおれの着ていたものだからやっぱりすこし丈が合っていないようで。片手で外すには少し難しい袖口を捲ってやれば手のひらには穴が空いていた。十中八九これが関係してんだろうな?!
手をまんじりと眺めてても持ち主は特に何も言わないし、穴からは体組織とかも窺えない。ただ黒く陥穽だった。『異能』ってふしぎ。ブラックホールが光を吸い込むように落ち窪んでいる。
「おまえは」
「わ!喋った」
「…」
「黙っちゃった…」
この子が少し前からおれの生活圏内でも活動するようになったことは既に知っていた。別の区域で色々やっているようなのも知っていたし、『異能』を失ったというひとの話ももちろん知っている。
「なあ、君って『異能』失くせるんだろ?『異能』ってのは――」
『――「発光する赤児」は平和と安全を訴えており一触即発の空気の中、矢面に立って――』
「ああほらああいうの。」
適当な店のコンセントを拝借しているから点いたり点かなかったりする椅子代わりのブラウン管が、突然スピーカーを震わせて突然ニュースを流しはじめたのは驚いた。いやさ説明するには都合がよかったけれど!
さっきから雨が漏れてぱたぱた落ちてくるものだからついにテレビはバチッと断末魔をあげて、結果永遠に沈黙することになった訳だけど、でもバキバキの液晶はしっかりと超常の形質を写してくれた。
「更に行使まで出来るときた。つまりなんだ、君ってば『異能』を奪えるんだな?」
棘がおれの両脚の間――つまりテレビにぶっ刺さってついに完全におしゃかになっちゃった!というかおれも脚を上に上げなければナニとは言わんがグチャグチャだったのは間違いないのでタマヒュンである。
流石にちょっと肝も冷えたし、身体も冷えたし、割と人目につかない場所に作ったはずのアジトが荒らされた事により熱された頭も冷えたので。
「頼むぜ。今日はもう、おれに、これ以上!負荷をかけないで!」
「おまえはなんだ」
「アッえっ、今それ?君にはもうさっさと家に帰って欲しいんだけど!」
「おまえはなんだ?」
「…あえて言うなら――」
聞くだけ聞いて満足したのか少年はフワッと飛んでって、そしておれはというとその後本降りにまでなってしまった雨から逃げるように建物の中で夜を越した。
「にしてもあいつは何だったんだ…?奪うだけ奪っていったけど、缶詰とかは残ったまんまだったし」
おれが1年かけてじっくり作ったアジト、ねぐら、秘密基地は一日ですっかり台無しになってしまっていたが、おれの精神は大人なのでこんな事じゃ子供に怒らない。ぎいぎい喚く梯子にかけて建物の間に張った屋根代わりの布がビリビリでも、端材を重ねて組んで作った机や物置台が木っ端微塵になっていても、たとえ、干してあった洗濯物が泥まみれだったとしてもだ。
「相手は年下だからおれは怒らない…怒らない…そもそも怒ってどうなる、今までも『異能』持ちに散々やられてきたしよ…」
ひび割れた建物の隙間から雨粒の飛沫が飛んで、伸ばしたつま先を濡らした。ラジオも浸水して使えなくなってしまったから天気予報でいつ雨が止むのかも分からないし、ヒビの入った窓ガラスが揺れるのに神経質になるしかない。
あ。もしかして。あいつ、あの子供、お腹空いてたのか?
乾パンをふやかしながらなんとなくぼんやり思った。
ねぐら自体は荒らされてはいたけど、やたらめったら暴れ散らかしてグチャグチャにした。というよりは…もしかして落ちてきたとか?あからさまに食べれそうなやつだけ持ってってたし、事故だったのかもしれない。
なんか急にそんな気がしてきた。あれ…もしかしてあの子どもは道に迷ってお腹が空いて混乱してただけなんじゃない…!?それで食べれるものとって帰ったんじゃなかったか…!?
数々引っかかる違和感に蓋をして、おれはとりあえずそう思い込んで飲み下す。多分そうだ、きっとそうだ、だからもし次会ったら…
「君名前なんて言うんだ」
「ウォーカー。」
おれはこいつに優しくしてやろうと決めた。単独で動いているから身寄りは無いようだし、中身におれみたいなのが居る訳もないんだから知らないことも多いだろう。
昨日の雨でもっと酷いことになったアジトの片付けをしていると、うっすら期待してはいたけどやっぱり来た。砂利だらけで、おまけに水たまりもまだある中をひたひた裸足で歩いているものだから、見かねて棚の中を漁り辛うじて濡れてなかった靴下と靴を履かせてやればすんなり受け入れてくれる。
ウォーカーというのは今のおれの通り名のようなものだ。知らないけど、いつからか呼ばれるようになったのでとりあえず使っている。
片付けもひと段落ついて、パンを半分に裂いて渡せば目の前のこいつは(そも表情の機微が読み取りにくいが)パンを少し眺めて…おれが齧ってからようやく、匂いを嗅いでから食べた。まるで野生動物だと思ったけど言葉はしっかり理解してはいるようだし…。
昨日あげたシャツは裾の方が少し汚れていた。靴を履かせる時に邪魔だったのでズボンの方も裾を捲りあげたからたぶん動きやすくはなっていると思うんだけどどうかな、真っ白い少年の顔をここでおれははじめてまともに見た。
目が合った。
いや顔整ってるなオイ。おれも多分整ってる方にはなると思うけど…というか、そもそも今この環境で気にすることでもないと思うが、顔の造形が整っていた。でもそれ以上に気になったのが目だ。光の差さない、曇ったような眼。
艶のない白はおれの方をじ…っと見ていて、いやこれ何の時間?食べるのもおろそかにずっと見つめてくるものだからいつ逸らしたものか。
沈黙に耐えきれず笑えば、目の前のこいつもぎこちなく目を細めて顔を引き攣らせた。顔コワっ。
「いや下手くそか!笑うときはこうやるんだぜ」
手を伸ばし、ほっぺをグイッと持ち上げて笑みの形をつくる。はえーめちゃくちゃもちもち…子どもだ…。少年の顔から手を離して、分かりやすいようにおれ自身の顔でもニッと持ち上げる。
「ほーらスマイル!笑ってみろよ」
「下手くそだな、あ痛゛だだ耳ちぎれる!片耳芳一になる!やつあたりか憂さ晴らしならおれ以外にしてくれよ!」
「…なんでそれで癇癪がおれの持ち物に向かうかなあ!?」
おれとこの少年…後にオール・フォー・ワンと普く呼ばれることになる子どもとは、ながい付き合いになるんだけど…
「まあいいや、ほら立って立って。食べ終わっただろ?行くぞ!」
「どこに?」
「奪いに!君がいるなら今まで手を出せなかったとこも行ける。おれは働きものだぜ?付いてきてくれよな!」
「ちゃんと有るのか」
「もちろん。」
どん底からでもなんとか出来る!そんな期待を胸におれ達はさっそく歩き出したんだった。