表題:あなたの為だけに息をした・息抜き





◇やるべき事

 俺の服はもうすっかりダメになってしまった。(詳細は省く)そしてガノンドロフ様のお召し物もどうやら…俺が離れている間新しいものは何ひとつとして増えていなかったのだ!
 これにあたってやるべき事…そう!


「流行を作るぞ!」
「無理ですよーっ!」

 砂嵐は止み、皆が地上へ戻りつつある中、いまだ地下街の片隅にひっそりと居を構えているこじんまりとした工房に俺は居座っていた。用件はもちろん、

「ガノンドロフ様のお召し物を作るんだ、光栄だろう?」
「ガノンドロフ様のお召し物よりも今はどう考えても貴方様の服の方が必要でしょう!」

 元々は工房でも無いし、ここに身を寄せる少女2人も仕立て屋ではない。昔スリだったのをとっ捕まえて、器用な腕を買ってひと月に2着。ガノンドロフ様の身尺を測り新たに服を仕立てるために使っている、という訳なのだ。次期族長として決まっていたのだから彼の方へは多くの期待や視線が寄せられていた。つまり、着ている服にまで注意を払われ、時にガノンドロフ様のお召しになられた服のモチーフひとつから暫くの流行が始まることもある。
 無論、直ぐに似たようなものが複製され出回るのでこの工房の存在が知れ渡ることななどなく、俺も側近という立場につけど同時に疎まれるものでもあるので今日まで隠匿されていたのだ。
 こうしてゲルドに帰ってくるまでの道中やガノンドロフ様との手合わせで俺の服も足りなくなってしまったから、あくまでついで程度に考えていたものの…まあ、仮にももう10年少しの付き合いだ。気になるところでもあるのだろう。

「否、確かに俺もいずれは必要になるだろうがまずはガノンドロフ様…」
「いやいやいや!ほんと族長様に関しては頭ボコブリンじゃないですか!だってほら、ね」
「うん…、貴方の。ボロボロの服だ…」
「言うほどか?数年前にしまい込んだからまだイケると思うが」

 ダメですと揃ったジェスチャー。ほとんど身一つでこちらに来たものだから、今俺が着れるようなものはこれぐらいしか見つからないのは確か。けれど、それよりまずガノンドロフ様の衣装を仕立てた方がヴァーイらにとっても刺激にもなるだろうからよいと思ったが…。
 けれどこれらの言うように(たとえあと僅かしか居れないとしても)俺がみすぼらしいのもいけないか。と考えを改める。ガノンドロフ様の側近がキチンとしていればガノンドロフ様も無用に舐められないものな。

「というか、流行を作る…?」
「ああ、俺とお前たちで何度もムーブメントを起こしてきただろう」
「そこまで言い切れるならどんなアイデアがあるんですか!?」
「よくぞ聞いてくれた!ハイラル王国に俺は駐在することになっているのだが、そこに異国の姫が居て何だか…佐呉乃(サゴノ)紋様だったか?という奇妙な…流行りの柄を教わった。」
「最近姿を見かけないなとは思ってたんですよ〜」
「どんな模様…?ああ、なるほど…」

 記憶を頼りに描き出したものを見、片方はチラと見て布を取りに行きもう片方は木炭でガリガリとパターンを考え出す。
 俺はというと服を作るための寸法をまとめている。ガノンドロフ様のお姿なぞ測らなくても見て解るが他のものはそうではない。
 砂漠の夜更けはまだ遠い…




◇お飾り

 見ている。
 ショリショリと皮を薄く剥ぎ、切り込みを入れてから芯を落とす。
 見られて、いる。
 真ん中から2つに割り、等分に切り分ける。それを並べる。
 なにに興味があるのだろうか。どこに気を引くものがありましょうか。

 蓮のように層を作り、ビリビリフルーツを氷でキンと冷やした大皿に乗せた。ハイラルから運ばれてきた果物は見慣れないものが多く、手慰みに飾り切りでもしてガノンドロフ様にお出ししようとしていたら何故かガノンドロフ様が通りがかって何故か同じように窓に身を預け何故か眺められているのである。
 緊張のあまり変なことを仕出かしてしまいそうだ。いや、すでにリンゴがガノンドロフ様のご尊顔のような形に切り出されている。もうダメだ。
 ひとつふたつ皿の下から氷をとり水差しに。水の実をゆっくり搾って、それから電気の実の汁も少し加えることでパチパチとした感触が得られるのだ。

「何ぞ、愉快な事でもありましょうや?」
「気にすることは無い、1杯呑むか。」
「…は。」

 ガノンドロフ様は珍しく私室の奥の方からひと瓶持ってこられた。ザレン・モート。俺にとってはひと舐めしただけでカッと熱がのぼるくらいに強い酒だ。
 辛いとまで錯覚するほどキツい酒精は胃の腑から湧き上がり肺を満たして口から抜ける。清涼水で割ってもなお濃い。これをガノンドロフ様はそのままに干すのだ。

「う………、矢張り、俺には強すぎますね…」
「呵々…俺とお前で同じ量を平らげようとするのは無理がある。果実でも食っていればよいものを」


 はあ…とぼんやりした応え。プチ、と葡萄の粒をもぎ、空きっぱなしの口を塞ぐように押し付けると音もなく吸い込まれる。愉快に思えてまた粒をもぎ、押し付ける、吸い込まれる。押し付け吸い込まれて…歯を剥き出しにすることで抵抗は図られた。
 昔からこれは面白い。半可な身の丈で何事も懸命に、億さず喰らいついてくるのだ。ヴァーイですら厭う其れに、多少の情は滲むというもの。つまるところ、報いてやりたいと思っているのだ。理想を語る度目を輝かせている姿、理由なんてそれひとつで十分だろう。柄にもないことを強く実感したのは強い酒のせいにしておこうか、 喉の奥の渇きを誤魔化すようにまた一献傾けた。
 張り合うようにして赤ら顔でまだ呑もうとするのを止め、ヤシの実を渡すと大人しく飲み始める。相当に酔っているようだった。



◇吾輩は  である

 ガノンドロフ様のお傍に仕えてはや二十数年。思えば色々なことがあったものだ。即位こそ成人の齢になってからであるが、一般的に半人前…十五の歳になってからは街の外に出ることが許される。ヴァーイ達はヴォーイハントに精を出すが俺とガノンドロフ様は内紛の鎮圧、あるいは他部族の吸収合併など、本格的に政に携わることが許されるようになって征伐にも加わったか。

「懐かしい…」

 休暇も明けてしまい明日からはもうハイラルへ帰る事になる。愛馬を駆って疾駆けするのは楽しみではあるがしかしその前に大至急で日記の類を処分しなければいけないのだ。部屋の方々に散逸していたそれらをしまい込むついでにパラパラ捲ってみれば、なんと懐かしいことか。今でも少し前の事のように思い出せる気がしてくる。
 …はじめは、趣味や嗜好のひとつも持たず、そして軽口のひとつ叩くこともない俺を見兼ねて先代が寄越したんだったか。『之をガノンドロフ様大好きノートと呼称する。ヴァーイの間ではこのような紙に関心のあることを記すことが一般的だと乳母が言っていた。私もそのように、関心のある対象:ガノンドロフ とし次期族長の事などを記録していく、…』分厚い。当時まだパピルスは無く、皮紙をまとめたものを用いているようだった。片手で十分な大きさのそれは1枚1枚の大きさも不揃いで、ガタガタの文字が裏表に並べられている。
 そういえば、俺はいつから明確に、ガノンドロフ様を慕うようになったか…。 今となっては曖昧に思い出すことのできない切っ掛け、辿ってみるのもいいかもしれない。帰ってきてからまた書き出したものとハイラルに置いてあるものを併せて85冊。ここにあるだけで70冊あまりはあるだろうすべてに目を通すことは叶うか…幸いにして今日1日は休暇であるのだ、ガノンドロフ様のお近くに侍ることより優先すべきことは本来無いのだが、どうしても、どうしても整理処分だけは済ませてしまわなければ。ページを捲る。拙い手つきの文字、かろうじてわかる絵や挟まれた草は年月を伝えた。紙から剥離してモロ、と崩れた葉のなごり。
 鮮明に思い出せるというわけではない。ただ、懐かしく思うだけ。風化した記憶から砂を払い、古びたノートをひとつひとつ手に取って照らしあわせる行為は単純だけれど没入できた。『ガノンドロフは私の動きに慣れてきたようで、今日は2本も取られてしまった。変な感じだ』様を付けろ様を。『夜駆けへ連れ出される、砂は沈んで歩きにくい。』『遂にコタケとコウメにバレた。』『……』『勝てない』

『ガノンドロフに伴をするようなってから色々なことがあったが、日記をつける事に意味はあるのか?ともかく之ももう終わる。次のぶんを貰わなければいけない。存外楽しいものである』
『コタケは私のことを随分変わったと評した。何が変わったのかは判らない、乳母も似たような事を言っていたから何かは変わったんだろう』
『南の部族を下しまた街に人が増えた。遠征中は書けなかったので端的にまとめることとする。・オアシスの獲得・戦果は上々・私室を貰った』
『族長の娘に付き纏われるようになった。』
『叛意を持つものの特定が済んだ』
『…』
『おそらくこのノートは覗かれていたので以降は隠すべしと思う。どこがいいのだろうか』
『コウメに隠し収納を教えてもらった。お前もか!』
『しばらくの遠征が終わった。餓死しそうと思ったのは久しぶりだ…疲れた。明日は闘技試合のため存分に休もう』
『ガノンドロフは精鋭兵と同じか少し上、私も同じくらいまでは食らいつけたはずだがやはりツメが甘いか。果実酒は初めて口にしたが気持ち悪い。』
『なんとなしにガノンドロフに追従するばかりの退屈な1日だった。遠駆けはやはりいい―余リ街ヲ出過ギルナ・小梅』
『読むなよ。』
『忙しく、これを書くのをすっかり忘れていた。ガノンドロフ■(書き損じ)様は出会った当初より更にうんと伸びて差は全く縮まらない。私の身尺も大きくなるかな』

(略)


 ガノンドロフ様が夢を語る前のことだ。20冊と少しの日記を辿るのに時間はいらなかった。俺は賢しらな子だった、ぼんやりした子だったと未だに言われたのに頷くほど、よく言えば端的な内容。ヴァーイ達の話より中身のない20冊と、それより意義のないその後50冊ちかく。俺の名前と同じだ。それをたった今自覚した。
 だからといって、辞めるわけも無いわけだが。
「ガノンドロフ様大好きノートvol.77 」
 俺は真新しいノートにそう書いて、76冊目の最後にひとことだけ付け加えてから、76冊全てを焚べた。
 主遂以烈日為黒夜



◇やるべき事・2

 遠方に行っていたことを知らなかった少女2人は、裁断の傍らしばしば様子を聞いてくる。なんせ渓谷は深く激しく、高地は高く寒く隔てている上これらは孤児ゆえ街の外に出ればイコール死。並みに好奇心はあるのに発散が出来ずキャラバンや街の噂話では満足いかないと主張しては気もそぞろに話を強請る、だから不注意に指を刺してしまうのだ。

「気を散らすなと言っているだろう」
「だって向こうの人って、ヴォーイより小さいし、貴方様のように白い肌でしょっ?で、それが黒くなる?」
「想像つかない…、死んだら肌の色はどうなるんですか?」
「死んだら?…死んだら、色は落ち、肉は膨れ………」


 そうして黒く腐れて虫は集る。ハゲタカや魔物に食い荒らされるのとどちらがマシだろうか?ランプの火が揺らぎ、俺の影が壁の一面から天井まで覆う。仕切られた狭い空間にきゃあーとわざとらしく声がくぐもって、俺は求められたままに…もちろん手は止めず…ハイラルの事を話した。少女達はやはり、異国の姫――ゼルダのことが気になるようだ。知ってどうするのか、そもそも俺はゼルダについて殆どを知らないしどうでもいいのに。僅か…ギリギリ…思い出せる内容をかき集めても2、3と指折れば事足りる程度のことだけで、当然2人は満足しない。

「何を話せと?」
「それはもちろん!」
「うん…」
「恋バナ」「ですよ」
「俺から最も縁遠いものだぞ!」

 いやいやあ。片方は笑みを形づくり子を宥めるように首を振って、もう片方はこっくり首を傾げる。

「片腕様は…ヴァーイに非じと耳にしました…」
「ゼルダ姫さんにドキってするかもしれないじゃないですか!それで肩を抱き、『俺がお前を守る』…なんて!きゃあーっ!」

 頭痛がいたい。俺は――何から話せばいい?それほどまでに年頃のヴァーイというものは暴走していくものなのだ。恋路の邪魔をするなら馬でさえ障害にならない。ほらもう天国の貴人様(おそらくゾナウのことが捻れて伝わっているのだろう)の話に移り変わ――はあ!?
 耳長は百歩譲って赦そう、ガノンドロフ様の事でもなし、ゼルダのこともまあ流そうか。しかし、しかし――

「獣に懸想!?有り得ない!俺を侮辱しているのか、娘!!」
「ひゃあすみません側近さま!お赦しをば!」
「そうです、そうです…わたくし達の浅慮でございました…。」

 全くだ。
 一方そのころ時を同じくして、白々とした室内光で満ちた部屋の中、ハイラル王の姉ミネルはひとつクシャミを。夜風が身体に障ったかしら。ゴーレムよ、扉を閉めなさい。カコ…と石が擦れる微かな音で扉は完全に閉ざされる。
 褪せた白、褪せた背表紙、時の流れに漂泊したような…まさしくその通りに、ミネルとラウルがまだハイラルの地を踏んだことの無かったころよりあるうんと旧いもの達がアカリバナの柔らかい光の粒子を纏っている。執事ゴーレム達の手によって白亜は清らかに、ほこり翳りのひとつもなく保たれていた。
 今はどうやって宿させたのかさえ分からない、光の力を知覚できるものにしか分からないほどの弱々しい光の力が…それら旧いものにはあって。いくつもいくつも集まることでようやく体調を崩すことも少しばかり減る…そんなささやかな力が祝福のように、姉の体表を優しくなでていったのをラウルは見た。魂の力を操る姉上は、いわく周りの魂に感化された故か幼いころは体調を崩しがちではあった。されど大病にも遭わず、今では優れた才智を以て人々を導いてくれているのは…我らが祖からの、最後の祝福だろうか。

「フゥ…ラウル、その顔でもう要件は分かっています。大方砂漠から来た使者のことでしょう。」
「姉上は何でもお見通しだな。……感じるだろう」

 何を?その問い掛けは必要なかった。彼らはゾナウ族、天空に旧くからあったとてもふるい種族の最後の2人。空に浮かべられた島々には動植物が息衝き、黄金の――光のいろを持っていまは無き神殿を彩っていたのだ。目視できない蒼穹の彼方に陽だまりをうけた故郷があった。
 魔物の1匹さえ居ない浄やかな天国に済んでいたゾナウ族はみな、光の力を持っている。末裔のラウルは言わずや魂の賢者としてあるミネルも資質を持つ。故に言葉はいらなかった。

「あのものは『闇』を棲まわせている。血の穢れや魔力とも違う、真の闇だ。」
「私も感じています。しかし本来持ち合わせていたものではないでしょう、砂漠の方には邪術があります。」
「他のものからは欠片とて感じなかったが…」

 ラウルは知っている。ガノンドロフが翻意を抱えていることを、闇の力を持っていることを知っている。故にこそ悩む。

「…どうして彼女にだけ?」

 直接の関わりこそないけれど、周りから伝え聞く話によって存外好感度は高かった。朴訥で実直、腕はよく砂漠の民たちからも慕われているとも聞いている。だからこそ決めかねているのだ。
 3つの瞼が重く閉ざされ、ラウルの中では天秤が左右に揺れている。すなわち、警戒すべきか信じるべきか。まだハイラル王国は黎明に差し掛かる辺りだ、不安の芽は取り除いておきたいし――少し前のモルドラジークの群れの事が頭をよぎった――あの時はソニア、ゼルダの力もあって無事撃退できたが…間違いなくガノンドロフが首謀である。彼女ただ1人だけに邪な魔力をわずかに感じるというのもきな臭い。けれどこれ迄、どこか陰のある表情をしていたゼルダが、屈託なく笑えるようになったのは使者…歳の近い友人ができたからでもある。
 王としてならば、当然警戒するべきだ。反乱の可能性があるなら対処しなければならなくなる。が、私としてならば…………

「そう事を焦ぐ必要がありますか。」

 未来の重さにムッツリと黙り込んだラウルへ、ミネルはひと言。ミネルは弟の悪癖をよく理解していたのだ。自らを軽んじること、そしてものごとを即断しようとすること。どのような事があってもしてはいけないとまでは思わないけれども、弟を想う姉として…そして一廉の研究者としてはあまりよろしくないと思っている。
 2人に母と父がいた頃から、こういう時は閉じた目と目を合わせて…額をつけて心を落ち着けさせていた。

「いま…私たちには時間があります。守るべき民、大切なものたちも。今は其方の思うがままにしなさい、心の向くように…」

互いの頬を互いの息が滑って毛を揺らし、次第、ラウルの内にあった焦燥感は少しずつ収まりゆく。王としてではなく、私として。
 彼は姿勢を正し、真っ直ぐに向き直り、そして姉にひとつこぼした。


「やるべき事がある。」
「言ってみなさい」
「姉上のように、私はもっと色んなことを知るべきだ。」

 ミネルはゆっくり瞬くと、今なお本を片付けていた執事ゴーレムを呼び…そしてラウルを追い出すように伝え作業台に向き直る。もう充分でしょう、私の助けはいりません――そのように判断した。そして特製のゴーレムを作るためにと遺物をいじるのである。魂を載せる…時の流れにも耐えられるものをと。

「疾くお帰りになってくださいまし。ミネル様は静寂を望んでおられます」
「ええっ…私…弟なんだけどなっ………」

 ほほほ…とミネルは人知れず笑い、扉の向こうではそのままラウルが廊下に放逐されていた。